15☆後期,始まっています 2025.11
ありのままに書きます.10月,何もなかったわけではないのですが,特にこの頁を更新することなく,11月も終わりを迎えようとしていました.「後期,始まりました」と書くとちょっと,とってつけた感があるかな,と思って(既にありますが).
10月1日から後期が始まるという学年暦は,自身の学生・院生時代(@TMU)以来でしたので,久々の感覚でした.後期から講義形式の授業も担当するようになり,少々緊張気味で始まりました.
全学の教養科目「自然環境の地理学」は教室を転々とする羽目になり,事務にも学生さんにもお手数をおかけしました(想定よりも受講生が多くて正直驚きました.楽な授業ではないはずですが…).
専門科目の「地形環境学特殊研究」も座学ですが,少人数ですので毎週登場する河川を変えつつ,砂礫サンプルも適宜紹介して進めています(「今回紹介するサンプルはこちら!」みたいな気持ちです).
あくまで興味関心のきっかけ,学びのきっかけにしてもらえるよう,引き続き頑張ります.
13☆鳥取巡検 2025.9
奈良女子大に着任してはじめての泊りあり(3泊4日)巡検の引率に行ってきました(人文地理の先生との2人体制です).
初日は昼過ぎに鳥取駅に集合.駅前の商店街から鳥取城址にかけて巡検していると,雷鳴と雨粒が.とにかくてくてくと,やまびこ館(鳥取市歴史博物館)へと向かい,雨宿りも兼ねて見学させてもらいました.
2・3日目は予め各自検討してきたテーマに沿って自主調査です.宇津川は,千代川の堆積物調査と風向・風速観測をする学生さんたちのサポートに回りました.山陰自動車道をレンタカーで西へ東へ移動していました(途中の区間で工事による通行止めに少し苦労しましたが,何とかなってよかったです).千代川といえば,13年前に学会の巡検で訪ねて以来でした.当時はまだ修士生で,学生とともに再訪することなど微塵も考えていませんでした(そんなことばかりですが).
4日目は砂丘を歩きました.鳥取砂丘はいくつかの砂丘を総合した際の呼称で,今回は一番東に位置する福部砂丘までバスで移動して,てくてくと西側(=観光地になっている浜坂砂丘方面)へ向かいました.福部砂丘はラッキョウ畑が広がっていることでも知られています.暑さで栽培スケジュールにも遅れが生じているとのことで,一面の花畑とのご縁は残念ながらありませんでした.海食洞や海岸にも寄りましたが,一番盛り上がったのはやはり観光地のエリアだったでしょうか.古砂丘と新砂丘の間に堆積する大山倉吉軽石の地層を紹介した後,砂丘内のオアシスまで向かいました.砂丘内で「解散」すると,学生さんたちは馬の背(の一番斜面が急なところ)へダッシュ.元気だなぁと思いましたが,あとで聞くとやはり結構疲れたとのこと.全身をつかって自然を楽しむのもひとつの幸せですよ.
案の定,砂丘の話が長くなりました.学生さんにももっと伝えたいことがあったので,それはまた後期の授業で.報告書の作成,頑張って下さい.


11☆夏スク現地研究@若狭湾(本番) 2025.8
奈良女子大ではじめてのオープンキャンパスを経験した(模擬授業を担当しました)その翌々日,これまたはじめて法政大の兼任講師として通信教育部の夏期スクーリングを担当しました.「現地研究」を夏に行うのはいろいろと準備が必要だなと改めて感じた次第です.
若狭湾国定公園(福井エリア)にお邪魔し,「自然環境の保護と管理」について考えるとともに、観光資源にもなりうる「自然景観」がどのように形成されてきたのか,その地形・地質的背景を捉えることを目的とした巡検を行いました.今回は全行程を貸切バスで移動しました.バスそのものがクールスポットになるのはやはりよかったように思います(運転手さんのお心遣いには終始感謝いたしました).
初日は,年縞博物館で三方五湖の地形的背景を学んだ後,日向(ひるが)湖と久々子(くぐし)湖がそれぞれ日本海と繋がる流入口へ.いずれも漁港として使用されています.「湖」といっても五湖それぞれに特徴があり,見た目も人々の利用の仕方も異なります.湖の周囲をバスで巡りながら,尾根を開削してつくられた人工水路も観察しました.
2日目は敦賀にある気比の松原で海岸地形や簡単に篩い分けた砂粒子を観察してもらった後,進路を西へ.田烏で棚田と周辺の地形を観察したり,岡津製塩遺跡で奈良の都との繋がりを学んだり.若狭湾国定公園として保存するのではなく,沿岸域を利活用するために埋立ててつくられた道の駅がお昼の休憩地でした.高浜まで移動して,少々雲行きが怪しくなる頃,明鏡洞(写真上)の上にある展望台でスケッチ実習を行いました.スケッチを終えるまで何とかギリギリ雨がもってくれましたが,その後ポケットビーチに戻るとしっかり降られて…撤退宣言を出しました.
3日目は遊覧船で海食崖の景観と地形・地質を観察.蘇洞門(写真中)の海食洞は下見の時よりも近づくことができて(個人的にも)嬉しかったです.学生の皆さんには,小浜の港で水揚げされた鯖の気持ちになってもらいながら鯖街道を内陸へと(バスで)進み,熊川宿まで向かいました.今回の巡検では「断層」も重要なキーワードだったのですが,断層がなければうまれなかったかもしれない文化・交流にも触れてもらいました(詳しい断層の位置は地震本部のサイトをご覧ください)
敦賀に戻って無事に?解散(実は少し慌ただしくなってしまったのです.反省…).サンダーバードに揺られて奈良方面へと戻りました.多くの学生さんには申し訳なくも,距離的には少しだけ楽をさせてもらった気分でした…



9☆日本地理学会百周年記念式典 2025.6
東京在住時には終ぞ踏み入れることのなかった東京大学に,早くも今年2回目の訪問をすることになるとは…日本地理学会の百周年記念式典が東京大学本郷キャンパスの伊藤謝恩ホールで開かれたので出席しました(こちら).シンポジウム,式典,祝賀会と参加してそれなりに長い時間を過ごしました(7時間くらい?).”関西人”になったご報告をしたいと思っていた先生方ともお会いできましたので,出向けてよかったです.

7☆夏スク現地研究@若狭湾(下見) 2025.5
法政大の専任は退職しましたが,ありがたいことに兼任講師として通信教育部には引き続き籍をおくことになりました.今年度からは夏期のスクーリングで「現地研究」を担当します.夏,具体的には8月頭ですが,夏,夏かぁ…と行先はそこそこ悩みました.冬は冬で悩んできたのですが,夏の暑さからどのように逃げつつ野外実習を行うか(かつ宇津川本人が"もえる"ところはどこか).地形図と睨みあうこと〇日.今回は「自然環境の保護と管理」というテーマで若狭湾国定公園(福井エリア)を訪ねるルートにしました.沿岸域の地形・地質と土地利用をいくつかの視点で見ていきます.
貸切バスとクールスポットをうまく使わせてもらいながら,何とか頑張りたいと思います.参加される皆さんには,当日までに暑さを受け流す精神を鍛えておいてほしいです(冗談です).いつも暑苦しい解説をする傾向にある宇津川はクールになれるように努めます(本気です,おそらく).


5☆奈良女子大学に着任いたしました 2025.4
この4月から奈良女子大学に所属することになりました.人生を振り返っても関西圏はまだまだ勉強不足の地域ですので「修行せよ」という天の声だと(結構本気で)思っています.
4☆でも書きましたが,関西への引越は体調と時間との勝負でした(こじらせた引越については,”徒然”で少し紹介を).それでも何とか最終的には予定通りの関西入りができ,4/1に辞令の受取もできました.ようやくひと心地つけたところに「ようこそ」と窓辺からご挨拶もいただきました(写真下).
礫たちを研究室に迎える準備もできました.これから少しずつ,程々に頑張ってまいります.
奈良へお立ち寄りの際にはご一報いただけたら嬉しいです.


3☆相模原巡検+ 2025.2
相模原台地を巡検で訪ねた回数はもうわかりません.宇津川自身が学部1年で訪ねた時から早1*年(別に伏せなくてもよいのですが何となく).程良いエリア内に広がる,美しくわかりやすい段丘地形と段丘構成層,そして相模川の現河床をまとめて日帰りで訪ねることができるのは大変ありがたいです(貴重です).大学が春休み期間に入り,本務先の学生さん(有志)の希望があって,また相模原台地にお世話になることになりました.
やや寒い曇天下の原当麻駅に集合し,より高位な段丘面の段丘崖から順に歩いて回りました(やはり巡検は徒歩ですね).被覆層(ローム層)の露出する切通しに行くとその厚みにはなかなか圧倒されますが,実際の厚みをハンドレベルで計測してもらったり.段丘礫層の礫からは何が読み取れるかを考えてもらったり.
いつもは田名向原遺跡の前から相模川の現河床に下りるのですが,今回は高田橋というところまで歩いてもらいました.1*年前(通称:クリスマス巡検で)学生として訪ねた地点に,今度は教員として学生さんと一緒に行ってみたかったという個人的な思いに付き合わせました.すみません…と思いつつ,皆さん薄暗くなるまで礫観察を楽しんでくれてよかったです.バスで橋本駅まで戻って解散しました.
「+」の報告もいつかしたいと思っています.続く.
***
(追記:+のこと)巡検後,学生有志がお別れ会を開いてくれました.とてもとても嬉しかったです.でも皆さんまだ学生なのだから,宇津川の分まで全額負担しようみたいなことはまだしなくてよいのですよ(気持ちはちゃんといただきました).

1☆神田川クルーズ巡検 2025.1
2025年最初の巡検は神田川クルーズでした(何と贅沢な).歴史地理学の先生による院生の授業に混ぜさせていただきました.宇津川ひとりではなかなか経験してみようという気にならなかったので(多分),お声かけいただけて大変嬉しかったです.
日本橋集合で,先に三越本店や河岸跡を見て回り,いざ船へ.運よく一番前の席を皆さんで陣取れたのもありがたく.この日はとにかく気温の低い日で…カイロは受付でも配っていただきましたが,朝から既に装着して挑みました(正解でした).ひざ掛けも用意されていたことと,何だかんだテンションがあがって寒さは忘れました.
今回は日本橋川,神田川,隅田川を時計回りにまわる90分のコースでした.まぁよく写真を撮りました.ガイドの方の説明がまた絶妙で大変勉強になりました(橋の裏側まで楽しみました).


16☆年の瀬は次年度がちらつきます 2025.12
12月はとりわけ3回生と向き合うことの多い月だったなと思います.卒論の構想発表会を行ったり,そのためのテーマ設定を考えてもらう機会をつくったり(一部の3回生は鳥取巡検のレポートの添削をしたり).3回生は進路にも向き合う時期にもなりますので,参考になるかは微妙ですが,尋ねられては時折宇津川自身の経験も伝えることがありました.もう15年も前なのですね.今よりももっともっと頭の”円磨度”が低かったときです.多少丸くなれたのは多くの方々のおかげだと心から思います.3回生の皆さん,今は尖っていてもよいので,若い時の感性をどうか大切に.
3回生のみならず,もちろん卒論生&卒論にも向き合いました.年明けの〆切に向けて,体調に気をつけて全力をつくしてもらいたいです.執筆の過程で確認したいことができたということで,12月ですが駆け込み調査もしました.好天で本当によかったです.
少しずつ次年度の予定も考える頃になりました.研究や学会参加のこともそうですが,新年度の授業&シラバスも頭にちらつきます.あまり先走らず,まずは”目の前”に丁寧に向き合いたいとは思います.
今年最後の写真は,12月上旬の鹿です.このWebサイトは「礫と砂との対話を楽しむ」というタイトル&テーマで書いていますが,このままでは「鹿」も増えてしまいかねない…(危機感)
それでは皆さま,お身体にはどうか気をつけて.
来年もよろしくお願いいたします.


14☆日本地理学会@弘前大 2025.9
日本地理学会の秋季学術大会に出席してきました.関西から東北へ行くのは初めてのことで,今回は伊丹空港から青森空港へ飛びました.当たり前ですが,伊丹空港を離陸した飛行機から見る景色のなんと新鮮なことか(上写真).口惜しかったのはまだ全然地理感覚がつかめていないことで,復習中です.
弘前大を訪ねたのは12年ぶりでした(前回は日本第四紀学会.当時はまだ修士生で…ん,既視感が).知人らから,冬や春の弘前のよさを聞くものの,まだ夏の弘前しか知らず…けれどちょうど気温が下がって秋めいた弘前を味わうことができました.冬や春も,いつか.
発表は2日目のほぼ終わりに.「ニューカレドニア・アンスバタビーチにおける海岸景観の変遷:地理学的視座からの海岸保全の重要性」のタイトルで,2023年にニューカレドニアで目の当たりにした海岸侵食対策の報告(一応こちらの☆15)も兼ねて20分弱お時間をいただきました.が,やはり話がこなれていなかったとかなり反省しています.話をうまく切り分けて伝えなければ.ちょっとあれこれ考えすぎたか…などとここでひとり反省会をするのはよろしくないですね.精進します.



12☆室生~曽爾調査 2025.9
これまでの人生で一番手薄だった近畿圏に着任することになったのは「もっと勉強せよ」という天の声だと思い,東京にいる頃から,奈良を中心としたTV番組を少し意識して視聴するようにしていました.その際にしばしば登場したのが曽爾高原でした.「曽(そ)」は「石」,「爾(に)」は「丘」を意味するらしく,難読地名ではあるのでしょうが,一応”石屋さん”としては印象深い地名のひとつでした.
その曽爾村の「曽」にあたる石とは何か.室生寺でも知られる室生をはじめ,奈良市街地の北東部まで広がっているとされる室生火砕流堆積物のようだと学び,この度いそいそと出かけてきました.
室生火砕流は約1,400万年前に発生したと推定されています.発生したイベントの規模の大きさにはただただ圧倒されます(言わずもがな,阿蘇も).
少しだけでしたが,室生火砕流堆積物(溶結凝灰岩)がつくる滝,赤目四十八滝にも立ち寄ってきました.もともと降水量の多い地域ですが,今夏はだいぶ水量に乏しく,岩石を見る分にはありがたくも,観光地でもありますので涼を求めた方々には「あれ?」という感じだったかもしれません(滝行ツアー?も難しいと新聞でも読みました)
道中,天理から国道25号を使用することがありました.ここは少し馴染みあるルートなのですが久々に急な傾斜を味わって思い出に浸るひと時もありました.また,帰路には奈良に来てはじめて,奈良盆地をしっかり南方から見て意識することができました.引き続き体を張って?学びに励みたいです.
添書:ちょっと”逃げる”のに曽爾高原(写真上)は程よいところだなと感じました.


10☆伊平屋島調査 2025.7
少し思うところありまして,沖縄本島(名護)からフェリーで80分ほど離れた伊平屋島を訪ねました.梅雨はあけているだろうと思いましたが(今年はいささか早すぎるきらいがありますが)台風の直撃もなく,ありがたい滞在でした.これまで沖縄県は宮古島しか訪ねたことがなく(ちなみにこちら),那覇空港から名護までレンタカーを走らせながら本島の様子を見ることができたのも大変勉強になりました.
伊平屋島の基盤岩は付加体ですので,チャートも砂岩もよく露出しています.けれどビーチに行けばサンゴや貝片などの生物由来の砂でほぼ真っ白.すっかり味を占めました(そういえばまだ漂着軽石が残っていました.当時はなかなか大変だったとか).
味といえば.入島してまず「伊平屋そば」をいただいたのですが(「肉抜き」のご対応に感謝します)このスープの塩味が身体に沁みました…宿の食堂に入る時も「まだ魚が捌き終わってないのでもう少し待ってほしい」と言われ(けれど大して待たずに)食した刺身が大変美味でした.食レポをしに行ったわけではありませんので,調査結果はなるはやで学会で報告します.
調査していて面白かったことのひとつ.伊平屋島は北東-南西方向に細長く伸びる島ですが,北西部の海岸での調査が一番大変でした.というのもそこだけなかなか雨雲がどいてくれず(雨雲レーダーの予報では北上することになっていましたがずっと動かず).車で少し南に走らせればまったく降っていないので拍子抜け,な時間をしばし過ごしました.山の配置と風向きがきいていると予想はしますが,また次の機会にも気にしてみようと思っています.


8☆白浜短訪 2025.5
縁あって,和歌山は白浜まで出向く機会がありました(ちょっと白黒つけるため,だったように思います).白浜を日帰りできるというのもまさに関西とのご縁ができたからだな,とありがたく思いました.和歌山県を訪ねるのはほぼ10年ぶりで,その際は伊勢から車でとことこ走らせての巡検&調査でした(大変寒い季節でした).今回はパンダ顔で知られる特急くろしおでさくっと,とても快適でした.車で強行する案もありましたが,却下しておいてよかった.
白浜のあたりはちょうど新第三系の田辺層群と呼ばれる砂岩と泥岩の互層が露出するあたりです.そのことは頭に入っていましたが,実際に目の当たりにして「そういえば」と記録をしました(上写真).
上陸こそしませんでしたが(できませんが),3月に転居で紀伊半島南岸をフェリー移動をしていた際に写真をとっていたな,と思って確認してみました(下写真).同じ場所を様々な方向から見てみるのはやはり面白いです.


6☆日本堆積学会東京大会 2025.4
まさか「東京」にお泊りセットを持っていく日が来るとは思いませんでした.初の東京出張先は東京大学本郷キャンパスの小柴ホールでした(本郷Cに入ること自体が初でした).思っていたよりも(と書くとお叱りを受けそうですが)キャンパス内は広く,しかし小柴ホールへの道案内には乏しく,それでいて目移りする建物は次々と現れ…こういう人を“おのぼりさん”というのですね.
本題から逸れましたが,日本堆積学会の大会は4月下旬開催が安定してきたように思います.行事委員として会場準備のために前日入りすることにも慣れて?きました.今年はオンライン配信のメイン担当ではなかったのであまりブルーライトにもやられず,助かりました.参加者が100人を超えた賑わいのある大会になっていたと思います.
最終日には「東京低地の沖積層ボーリングコア観察会と街歩き巡検」に参加しました(自主参加半分,行事委員のお仕事半分).午前は室内で東京低地のボーリングコアの剥ぎ取り標本を観察し,午後は清澄公園から大島経由で南砂町(写真下)まで歩きました.人間活動が地形に与える影響をまざまざと見せつけられました.
東京を離れて,東京について改めていろいろ感じることがありました.機を見て?徒然なるままに書きたいと思っています.


4☆卒業式 2025.3
3月は珍しく?2度ほど体調を崩しました.身体がつくりかえられている途中かもしれません.卒業式直前にダウンしたときはあわやと思いましたが,何とか出席することができてよかったです.
此度の卒業生は専門科目で見る顔が多かったので,関わった学生が多かった分,これまでの卒業式よりも送りだせている感覚がより強く感じられました.
また,直接送り出すことはできずとも,前任校の卒業生(最後に携わった学年)からの依頼があり,卒業メッセージを贈ることができました.後日送ってもらった集合写真には逞しくなった(とわかる)顔がちらほらと.
どうかお元気で.それぞれ皆さんらしくご活躍ください.いつかまた会える日を楽しみにしています.

2☆冬スク現地研究@佐賀(本番) 2025.1
1月30日~2月1日に今年度の冬期スクーリング「現地研究」がありました.総勢23名の学生さんと3日間でした.今回は佐賀を舞台に「地形・地質から見た伝統文化と産業の発展」をテーマに,陶磁器産業や街道の発展における地形・地質的な背景を捉えてもらいたいと企画しました.
せっかくの佐賀なので佐賀空港を利用して集合してもらいたいと思ったのですがなかなか時刻があわず…(残念です)お昼に博多駅に集合していただき,1日目はバスで佐賀入りすることに.もちろん背振山地をはじめ,北部九州の山地や断層についても少し触れました.肥前鹿島干潟はちょうど干潮時刻が狙えましたので,具体的な舟運の話の前に実際に有明海を見ていただけました.長崎街道の宿場のひとつである塩田宿は歴史地区として街並みが保存されており,ここでのしばしの自由時間のなかで陶磁器産業とのかかわりを皆さん各自で探してもらいました.
2日目は武雄温泉駅からJRと松浦鉄道を乗り継ぎ,伊万里の大川内山へ.古伊万里,伊万里焼,鍋島焼…巡っているといくつかの表現にふれることになりますが,それらの違いと熱い思いとは.短い時間で谷地形の傾斜を行ったり来たりしながら,磁気産業の秘め方もとい伊万里焼の真髄を探してもらいました.午後のメインは有田でした.ここは何と言ってもある意味で磁器産業はじまりの地ともいえる泉山磁石場で実際に陶石(磁器の材料となる陶土をつくることができる岩石)を見てもらいたかったです.ここが見つからなければ何も始まらなかった(かもしれない)!
3日目は嬉野市で集合です.3日目は氷雨の一日で,予定していた徒歩移動を半分以上減らしました(無念).その少しだけ頑張ってみていただいたのは塩田川に突如現れる「轟の滝」でした.理由がなければ滝はできません.ここでは柱状節理の明瞭な溶岩を観察してもらい,嬉野における火山要素をご紹介しました.嬉野宿は長崎街道でも珍しい温泉宿になり,そのことは今回さして触れませんでしたが,せっかくなら,てくてく歩いた後,長―い足湯で締めくくりたかったなというのが.急遽屋根(と暖房)をお借りしたチャオシルの皆さまにもここで感謝を.嬉野茶,大好きです.



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